大学時代、『御堂関白記全釈』から拾った定頼ネタ。
一時期掲示板でも話題に上りましたが、面白いのでコチラでも(笑)。
『小右記』にもこの事件について記載があるようですが、未読の為それはまたの機会に。
1日:妍子の直盧で群飲中、定頼が兼房(兼隆息・道兼孫)に面罵される。
兼房、まず座前の菓子を足蹴にする。
定頼が座を立ったところ、兼房に冠を取られそうになったので宿所に逃げ込む。
兼房は宿所に石を投げた後、殿上に昇って定頼を罵辱した。
2日:道長、兼隆を召して兼房の参内を停めさせる。
21日:道長、兼房を召して勘当を優免。
藤原兼房、道兼さんの孫ということは定頼とは従兄弟関係に当たると思われます。
歌人としても有名なようですが、この騒動の原因はどちらにあるんでしょうね?
失言の多い公任の息子ですから、定頼が何か言ったのか。
それとも兼房が酒乱だったのか(笑)。
この辺りの背景について調べたことがないので、よく分からないのですが
逃げ回っている定頼が面白いです(実資さんには情けないと言われたようですが)。
貴族の子弟同士のつかみ合いの喧嘩、それもまた見てみたいものです。

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